研究内容

熱から電気を生み出す物質

金属や半導体の棒状の試料に温度差を与えると,温度差に比例する電圧,熱起電力が発生します.これはゼーベック効果と呼ばれる熱電効果の一つです.もし熱起電力が大きく,抵抗率が小さい物質があれば,その物質は温度差を与えると一種の電池のように振る舞い,負荷を結線すると電力を取り出すことができます.このように,固体の熱電効果を利用して熱エネルギーを電気エネルギーに変換する技術を熱電変換といい,それに用いられる物質を熱電材料といいます.私たちはコバルト酸化物が,酸化物セラミックスの中で群を抜いて高い熱電変換性能を持つことを発見しました.熱電材料の物理を追求してゆくと,「一つの電子が運べる熱の最大値はいくつか」という問題に行き着きます.この問に対する答えを教えてくれる物質を求めて,新しい物質を探索しています.ごく最近,私たちは,タンタルを含む層状セレン化合物が20Kで,従来の物質より100倍以上巨大な電力を生み出せることを発見しました.得られた物性値は,1ccの試料に温度差1Kを与えると40 Aの電流を発生させる能力を示しています.この物質がなぜこのような性能を生み出せるのか,さらに性能を向上させるにはどうしたらいいのか,同じ機構の別の物質はないかなど,物質の物理学が明らかにすべき問題が山積しています.

電流で溶ける電子の氷

多くの遷移金属酸化物では,電子が他の電子から強いクーロン斥力を受けるため,全ての電子が格子点で動けなくなった絶縁体状態,モット絶縁体や電荷整列が実現します.これらは,いわば伝導電子が凍結した「電子の氷」のような状態です.私たちは,ある種の有機物質でこの電子の氷が電流によって融解することを見出しました.冬の寒い日に池の水が凍っているのに,川の水が凍っていないのを見たことがあるでしょう.電子の氷も電子の流れによって溶けるのです.電子が凍っていると電場によって動けませんから,その電気抵抗は大変高いのですが,電流によって電子の氷が融解すると,たちまち電気抵抗が下がってきます.つまり,この物質では抵抗率が電流によって何桁も変化するような巨大非線形伝導が見られます.同じような非線形伝導を示すルテニウム酸化物において,私たちは電流によって体積が変化することや電子の比熱が大きく変わることを発見しました.実は現在の物理学は,流れる川が凍りにくいことを説明できません.流れがある状態には熱力学が使えないからです.流れのある状態にも熱力学を拡張できないか,ということがこの研究の究極のゴールです.私たちは電流を流しながらいろいろな物理量(たとえば,熱起電力,熱拡散率,格子変位など)を計測できるシステムを自分たちで設計・構築しています.そして電流通電下で物質が示す不思議な性質を明らかにしつつあります.

乱れによる秩序の探索

電子と電子の間,電子と格子の間には相互作用があり,乱れのない結晶において低温で様々な相転移が生じることが知られています.これは低温で,自然がより整列した状態,秩序を好むからです.ところが,複雑な構造をもった結晶では,複数の相互作用が競合するために秩序が生じないことがあります.こうした状況では乱れの導入によって競合が解除されて秩序が生み出されることがあります.また少量の不純物の導入によって,新奇な基底状態が安定化することがあります.このような状態は乱れによる秩序(order from disorder)と呼ばれます.私たちは層状パラジウム酸化物に 2 種類の不純物を同時に置換することで,室温以上で強磁性を示す半導体を開発しました.この強磁性半導体は,従来の強磁性半導体と比べてあらゆる意味で異質であり,その磁性の発現機構を明らかにしたいと思っています.